大分地方裁判所 昭和35年(ワ)257号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕高崎山野猿生息地所有者の原告が、自己の所有地が天然記念物の指定をうけ、国立公園等により所有山林の伐採、枯木の搬出を禁止されたことによる損失と大分市が高崎山自然動物園の入園料を徴収して得る利益との間には因果関係がない。
〔説明〕大分県高崎山には猿が好むムク、クス、エノキ、カシ等が原始状態で密生し、また安生岩の急斜な岩壁が各所に懸崖をつくつていて、猿の生息に最も適しており、昭和二四年来、当時の大分市長上田保氏が、世人の失笑を買いつも、高崎山麓の万寿寺別院境内で餌づけを試み、失敗を重ねたが、昭和二七年一一月ごろになり、ようやく猿よせに成功し、現在高崎山自然動物園として、観光資源となつていることは、小説「ただいま零匹」等によつて、ひろく知れた事実である。大分市は、右動物園の入園料収入の二割分を訴外万寿寺に分与し、また周辺部落の人達にも作物の被害の弁償の意味で金員を交付している。
原告は、その生息山林の所有者であるが、大分市の天然物指定申請を承諾し、および土地管理を大分市に委任する旨の「承諾並びに委任状」を市吏員に交付した。
そこで、原告は、まず、大分市を相手どつて、野猿観覧料の一部分与の口約ができた、と主張し、予備的に不当利得の主張をして、容れられなかつたものである。
〔判決理由〕原告は保安林たる、自己の所有地が天然記念物の指定をうけ、国立公園に編入されたため文化財保護法、自然公園法等により所有山林の伐採、枯木の搬出を禁止され、所有物に対する使用収益が殆んど不能になつたので、「損害」をうけたと主張するが、何故に右損害額が被告の徴収する観覧料、即ち入園料の一割二分五厘にあたるか(原告所有地が猿生息地の一割二分五厘の広さであるとしても)の理由を説明しないし、またその立証も尽くされていない。
しかし、かねて原告の所有地は保安林であつたため(この点は当事者間に争がない)立木の伐採、落枝の採取等は県知事の許可をうける必要があり(森林法三四条)、所有権の制約をうけていたのであるが、新たに被告の申請で天然記念物に指定されたため、立木の伐採等のごとく現状を変更し、またはその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文化保護委員会の許可をうけなければならず(文化財保護法八〇条)、加えて前示のように被告が天然記念物たる原告所有地を管理すべき地方公共団体として指定されたため、実質上、原告の所有権行使使は有名無実となつた以上、単に保安林であつたときに比較して立木の伐採等において多大の制約をうけ、そのために法律上、正当にもつていた財産上の利益の享受を妨げられ、かくて損害をうけていることは(実損害額がどれだけであるかの検討は別として)容易に理解されるところである。(当裁判所は、これに反する甲一八号記載を採用しない)。
右のように、原告には伐採制限の「損害」があり、他方、被告には観覧料徴収の「利益」があるが、不当利得が成立するためには、(一)被告の「利益」が原告の財産、または労務を原因とすること、(二)被告が利益をうけ、原告が「之カ為メニ」損失をうけたこと、即ち、被告の利得と原告の損失との間に因果関係があること、(三)受益が「法律上の原因」を伴つていないことの要件を備えなければならないのである。
まず(一)(二)の点について考えてみる(原告は、原告のうける「損害」のために、被告が「利益」をうけていると主張するのである)。
前示認定のように観覧料収入は、被告が初めは猿よせ場、その後は、これを含む動物園を設置して野猿を見物客に観覧させることによつて徴収されているのであるが、(イ)被告の公園事業区域には原告所有地は含まれていないし、(ロ)野猿は原告所有を含む高崎山の北面全域に亘つて移動しているのであつて、原告所有地に定着群棲しているのではない(ハ)野猿は無主物であり、原被告とも占有ないし無主物先占(所有)をしていない(ニ)被告は猿よせ場の北西に聳える原告所有林を「占有」して管理しているのではないのである。
従つて被告の観覧料収入は、原告所有の野猿ないし山林を原因として得られる利益でないことは明かである。
次に、原告の所有林が天然記念物指定により伐採制限をうけても、所有林より相当離れている猿よせ場に集る野猿の観覧には影響を与えるものではない。
もつとも、原告所有林における伐採が、保安林のみの状態であれば許可されていたとしても、保安林の性質上、大規模の伐採を許すことは考えられないし、また猿生息地の一割二分五厘を占めるにすぎない原告所有地において若干の伐採がなされたとしても、動物園より眺めた高崎山の一部の景観が若干、害されること、原告所有林の形状に変化があつて、野猿の行動範囲に若干の異動があることは想定しうるとしても、餌を求めて猿よせ場に集まる野猿の数が減少し、観覧客数が激減し、その結果、被告の観覧料収入が減少するとは考えられないのである。
以上の次第であるから、被告の利得と原告の損失との間に、社会観念からみて連絡があるとはいえないから、因果関係はないと解すべきである。(藤野英一 西池季彦 佐々木条吉)